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履き物を揃える
いつから、履き物を揃えるようになったのだろう。
恥ずかしい話ですが、育った家庭ではその習慣がありませんでした。
多分、妻と結婚をして生活を始めた時に指摘されて揃える様になり、履き物を揃える事を考えるようになったとおぼろげに記憶しています。
子の親となり、妻以上に 履き物を揃える ことを躾として言ってきました。
柔道を指導をする小中学生にも、靴を揃える大切さを話し、揃える習慣をつけさせています。
柔道や剣道の大会で時々見かけますが、たくさんの乱れた履き物を揃える強豪校の部員達
イメージ画像
大会会場のトイレに入ると目の前にはひとりで黙々とスリッパを揃える県強化指定を受けた柔道少年の姿
日常でも、ついつい、この人は靴を揃えるだろうかと目が追ってしまいます。
どんなにブランド品で着飾っている女性でも
取引先のお偉いさんでも
「なんだ 靴も揃えきれないのか…」
と思ってしまいます。
なぜ履き物を揃えないといけないのか?
はきものをそろえる 詩があると知りました。自分が思っていることと重なる部分がありましたので最後に紹介します。
はきものを そろえると 心もそろう
心がそろうと はきものもそろう
ぬぐときに そろえておくと
はくときに 心がみだれない
だれかが みだしておいたら
だまって そろえておいてあげよう
そうすればきっと
世界中の 人の心も そろうでしょう
藤本幸邦
心がそろうと はきものもそろう
ぬぐときに そろえておくと
はくときに 心がみだれない
だれかが みだしておいたら
だまって そろえておいてあげよう
そうすればきっと
世界中の 人の心も そろうでしょう
藤本幸邦
長野県円福寺の住職として、終戦直後から戦災孤児救済をされた方だそうです 。
最後まで読んで頂き ありがとうございます。
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